フロアタイプ・エフェクターの夜明け
1940年代、ギターの機材としてエフェクターを使用することはそう簡単ではありませんでした。1946年、Rowe IndustriesはDeArmondブランドより独立型のペダル・エフェクトとして初となる“Trem-Trol Model 800”を発表。電気を水性の電解液(水銀)に通すことで発生する揺らぎを信号化してトレモロ効果を生み出し、同時に電気モーターでスピンドルを上下させて信号を変動。これがトレモロの音量調節の原理で、まさに当時の技術の結晶とも言えるモデルでした。
1955年、大ヒットを記録したBo Diddleyのデビュー・シングルでTrem-Trol Model 800が使用されたことで、フロアタイプ・エフェクターの存在が急速に広まり、エフェクターを用いてサウンド・メイクを模索し始めるギタリストが急増。さらに、1960年代に入りトランジスタが登場すると、デリケートで扱いづらかったエフェクト・ペダルが手の届く価格帯で発売されるようになりました。
"1960年代に入りトランジスタが登場すると、デリケートで扱いづらかったエフェクト・ペダルが手の届く価格帯で発売されるようになりました。"
トランジスタの功績
1962年、GibsonはMaestroブランドより世界初となるトランジスタを用いた歪み系ペダルのFuzz-Toneを発売。デビュー当初、ギタリストから注目を浴びることは殆どありませんでしたが、ローリングストーンズのKeith Richardsが名曲『Satisfuction』のイントロでFuzz-Toneを用いた印象的なリフを奏でると状況は一変。誰もがFuzz-Toneのサウンドを求め、1960年代の音楽は個性的で刺激的、かつアバンギャルドなギター・サウンドへと幕を開けることになります。
1970年代、フロアタイプのエフェクターが一大産業になることは明らかで、今では誰もが知る著名なエフェクター・ブランドが次々と市場に参入します。
"革新的なこのモデルは多くのギタリストに受け入れられ、その基本的な筐体デザインは現在に至るまで変わっていません。"
BOSSがペダル市場に参入
1970年代前半から半ばにかけて、RolandはAF-100 BeeBaa、AF-60 BeeGee、AG-5 Funny Catといった個性的なエフェクターの数々を発表しました。その後、1973年にBOSSを設立し、次世代エフェクターの開発に着手。1976年には、CE-1 Chorus Ensemble、BF-1 Flanger、DB-5 Driver、GE-10 EQが発売されます(Eddie Van Halenがキャリア初期にGE-10を使用していたのは有名な話)
しかし、これらの大型ペダルはエフェクター・ボードのスペースを圧迫するため、その問題を解決すべく、BOSSは本格的にコンパクト・エフェクターの製造を開始。そして1977年、BOSS初のコンパクト・エフェクターOD-1 OverDriveが発売されます。革新的なこのモデルは多くのギタリストに受け入れられ、その基本的な筐体デザインは現在に至るまで変わっていません。
『Stompbox: 100 Pedals of the World’s Greatest Guitarists』の著者である Josh Scottは、黄色のOD-1 OverDrive、緑色のPH-1 Phaser、赤色のSP-1 Spectrumなどを「プレイ・スタイルとサウンドの品質を次のレベルに引き上げた」と述べ、続けて「このシリーズはトレーディング・カードやアクション・フィギュアのように購買意欲を掻き立て、“全部買おう!”と思わせました。BOSSは見た目が完璧だけでなく、それまでの他のメーカーにはないマーケティングを行ってきたのです。」とエフェクター・ビジネスの目覚ましい進化に驚嘆しています。
"BOSSは見た目が完璧だけでなく、それまでの他のメーカーにはないマーケティングを行ってきたのです"
- Josh Scott
OD-1からSD-1へ
レベルとオーバードライブ、2つのコントロールのみを搭載したOD-1は、アンプのオーバードライブ・サウンドを再現した最初期のコンパクト・エフェクターのひとつです。非対称のクリッピング回路を採用することで、一般的なエフェクターよりも複雑な倍音構成を持つドライブ・サウンドを実現しました。
鮮烈なデビューを果たしたOD-1も、1980年代に入ると徐々に人気は低迷。1985年7月に生産中止を余儀なくされます。設計者である久保寛治氏は『BOSS Book』の中で、「確かにOD-1の音は甘すぎるし、周波数帯域が足りないという意見もありました。それを踏まえて、SD-1にはトーン・コントロールを追加したのです」と述べています。
"2つのコントロールのみを搭載したOD-1は、アンプのオーバードライブ・サウンドを再現した最初期のコンパクト・エフェクターのひとつです"
時代を超えたメリット
SD-1のミッドレンジ・ブーストとベース・カットは、真空管のヴィンテージ・アンプ・サウンドを引き締める素晴らしい機構です。ハイゲイン・アンプ特有の“飽和状態”を生み出し、ローゲイン・アンプでも骨太なサウンドを鳴らすことができます。さらに、プレイヤーの微妙かつダイナミックなニュアンスをも再現するため、多くのギタリストがSD-1をBOSSのオーバードライブの中で最も優れた製品のひとつに挙げています。
偉大なるプレイヤーたちが愛用
SD-1は、数多くのギター・ヒーローたちに愛されました。
著名な人物に、Eddie Van Halen、Steve Vai、Zakk Wylde、John 5(ロブ・ゾンビ)、Mark Knopfler、Josh Homme、Richie Sambora(ボン・ジョヴィ)、Reb Beach(ウィンガー)、Warren DeMartini(ラット)、Jason Becker、Kirk Hammett(メタリカ)、 Robert Smith(ザ・キュアー)、Jonny Greenwood(レディオヘッド)、Bruce Kulick(グランド・ファンク・レイルロード/キッス)、Lindsey Buckingham(フリートウッド・マック)、Brad Whitford(エアロスミス)、Tracii Gunsなどが挙げられ、さらにはベーシストのJohn Paul Jones(レッド・ツェッペリン)も愛用者として知られています。
また、The Edge(U2)のペダルボードにも1981年の[Boyツアー]後半から頻繁に登場しています。Jimmy Pageはザ・ファーム在籍時にSD-1を使用しており、David Gilmour(ピンク・フロイド)は1984年発表のセカンド・ソロ・アルバム「About Face」で使用。
"旅することの多いミュージシャンたちは、ギターケースにSD-1を入れて身軽に移動することが多いです。なぜなら、現場にどんなアンプが待ち受けていても、SD-1があればオーガニックでダイナミックなオーバードライブ・サウンドを奏でることができるからです。"
映りこむSD-1
他にも、SD-1は様々な動画で見つけることができます。例えば、ザ・ホワイト・ストライプスのJack Whiteは、2002年にイギリスのテレビ番組『Top of the Pops』に出演した際にSD-1を使用。また、2020年2月8日に John Fruscianteが2007年以来となるレッド・ホット・チリ・ペッパーズのライブでプレイした際には、ステージ脇にSD-1の姿が映っています。
さらに、 Prince「Manic Monday」のミュージックビデオでは、彼がパフォーマンス中に身をかがめてSD-1を調整している姿が確認でき、1994年に行われたイーグルスのツアー[Hell Freezes Over]では、Don FelderのペダルボードにSD-1の姿があります。2人組の女性インディーズ・ロックバンド、スリーター・キニーのCarrie Brownsteinのボードには、BOSS BD-2 Blues Driverの隣にSD-1が置かれています。
ギター・ヒーローから学ぶSD-1の活用法
クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ、ゼム・クルックド・ヴァルチャーズのギタリストであるJosh Hommeは、SD-1を「オールドスクールなトレブル・ブースターとして使うのが好きだ」と明かしています。彼のようにドライブを最小に、トーンを最大にして使用する方法もぜひ試してみてほしい。
テレビ番組やコンサート出演のため、各地を飛び回るプロ・ミュージシャンも多いことでしょう。そのような状況では、現場のアンプは良好な状態のものもあるし、反対に酷い状態のものもあります。旅することの多いミュージシャンたちは、ギターケースにSD-1を入れて身軽に移動することが多いです。なぜなら、現場にどんなアンプが待ち受けていても、SD-1があればオーガニックでダイナミックなオーバードライブ・サウンドを奏でることができるからです。
必要不可欠なエフェクター
SD-1を支持したのはギタリストだけではありません。多くのメディアがSD-1を“必要不可欠なエフェクター”に挙げています。2014年に発表された『Guitar Player Celebrates 100 BOSS Compact Pedals』では、ギタリストたちがお気に入りのBOSSコンパクト・エフェクターを選ぶ中、SD-1は6位にランクイン。“最初に使ったBOSSのコンパクト・エフェクターは?”という質問では3位に躍り出ています。
これらの評価を考えると、多くの人は“これ以上SD-1が刷新されることはない”と考えるかもしれませんが、BOSSはその予想を覆します。
"SD-1Wはその周波数帯での存在感はそのままに、まるでアンプを最高の状態に調整したかのようなサウンドに仕上がっています。"
新しいサウンドの世界に足を踏み入れたSD-1W
2014年、BOSSはSD-1の“技 WAZA CRAFT”バージョンであるSD-1Wを発売。他の“技 WAZA CRAFT”と同様にオリジナルの機能をより充実させ、特別なカスタマイズを施したものです。最も大きな進化は、スタンダードとカスタムという2つのモード・スイッチを搭載した点で、クラシックなSD-1に2つのサウンド・バリエーションを持たせました。
スタンダード・モードは1981年以来、プレイヤーたちが奏でてきた王道のサウンドですが、回路には改良が施されています。SD-1と比較すると、トーン・コントロールがより甘くバランスの取れた仕様になっており、高音域のザラつきを緩和。また、SD-1はバンド・サウンドの中で埋もれず存在感のある音が特徴でしたが、SD-1Wはその周波数帯での存在感はそのままに、まるでアンプを最高の状態に調整したかのようなサウンドに仕上がっています。
エフェクター・ビルダーへの感謝と敬意
カスタム・モードは、よりドライブし、暖かみがあり、豊かな低域をもったサウンドが得られます。これは、ボリューム・レベルのわずかな上昇に伴うもので、さらなる低音域や滑らかなクランチ、サステインを得ることができます。また、カスタム・モードの中域は、より重心の低いパンチの効いたサウンドです。
突き詰めると、SD-1の“技 WAZA CRAFT”バージョンへの改良は、エフェクター・ビルダーたちへの感謝と敬意の表れでもあります。このデザインも、回路を自作する人々や新進気鋭のビルダーたちを意識したもの。彼らは古い回路で新たな仕掛けを試してきましたが、SD-1Wは新しいサウンドの世界に足を踏み入れると同時に、過去の技術にもアクセスしているのです。
SD-1Wの愛用者には、Mike Stern、Steve Vai、John Petrucci、Billy Duffy、 John 5、KT Tunstallなどが名を連ねています。
"2021年製のSD-1がそのサウンド、ルックス、動作において1981年製のSD-1にかなり近いという事実は、ほとんど奇跡と言っていいでしょう。"
信頼+革新=遺産
エフェクターの世界では、1960年代や1970年代から続くわずかなブランドだけが、現在でも若きプレイヤーからプロまでを熱狂させ続けています。しかし、2021年製のSD-1がそのサウンド、ルックス、動作において1981年製のSD-1にかなり近いという事実は、ほとんど奇跡と言っていいでしょう。
Josh Scottは、著書『Stompbox: 100 Pedals of the World’s Greatest Guitarists』でBOSSのサウンドと回路における革新性と、時代に左右されないブランディング、スタイルを賞賛。他社との違いについては「BOSSは5年、10年毎にリ・ブランディング」を行っている事に言及しています。また、「BOSSのペダルは、発売当初から今日まで基本設計が変わりません。これが当てはまるブランドは、他に一社もないのです」と、BOSSの独自性について分析しています。