近年、最も話題になっているエフェクターのひとつがTB-2W Tone Benderです。本機は、BOSSと英国Sola Soundとの画期的なコラボレーションによって誕生しました。2021年の発売当初から熱狂的な人気を誇るTB-2Wは、正真正銘のTone Benderです。1965年に誕生した歴史的ファズ・ペダルの系譜の最新作と言えるでしょう。Tone Benderは、ロンドンにあるSola Soundの工房で産声を上げました。数々のヒット曲で用いられたTone Benderの誕生によって、ギタリストたちは楽器への向き合い方を変えます。この伝説的なペダルは、当時影響力のあったギタリストたちのサウンドを新たな領域へと押し上げたのです。
スウィンギング・シックスティーズを象徴するサウンド
スウィンギング・シックスティーズ(1960年代半ばから後半にかけてイギリスで起こった若者主導の文化革命)全盛期のロンドンで、Sola Soundは“ティン・パン・アレイ”と呼ばれる音楽街、デンマーク・ストリートから始まりました。ウエスト・エンド(ロンドンにおける地区)の中でも楽器店が密集していることで知られるこのエリアは、今でもギター・プレイヤーたちにとってのメッカです。
Sola Soundは、英国初のエフェクター専門メーカー。デンマーク・ストリートのショップ・オーナーであるJoeとLarry Macari兄弟が、電子回路設計技術者のGary Hurstとチームを組んで立ち上げたブランドです。
3人は、セッション・ギタリストであるVic FlickのMaestro FZ-1 Fuzz-Toneからインスピレーションを得ました。Vic Flickは、よりサスティンを得られるようFZ-1をモディファイしていたのです。Gary Hurstは、マカリ兄弟とともにデンマーク・ストリートに工房を構え、独自のファズ・ペダルの製作を開始しました。彼らは、自分たちが大きなことを成し遂げようとしていることに気づいたのです。彼らが開発したペダルは“Tone Bender”と名付けられました。まさに、伝説が生まれた瞬間です。
"一言で言うとMK IはMick Ronson/David Bowieのサウンドで、MK IIはJimmy Page/Led Zeppelinのサウンドです"
-Ant Macari
ファミリー・ビジネス
1958年に創業したMacari’sは、現在JoeとLarryのそれぞれの息子であるAntとSteveが経営しています。2人は一族が築き上げてきた誇りを、Sola Soundが製造するすべてのTone Benderに注ぎ込んでいます。Tone Benderは、単なるファズ・ペダルではないのです。
「私たちは、これまでに作られたエフェクターの中で、Tone Benderが最も重要なペダルのひとつだと考えています」とAntは言います。「音楽がどのように作られるかを変えたのです。父と叔父のLarryは、デンマーク・ストリートに最初の楽器店をオープンしました。そこで最初のファズ・ペダルが生まれたのです」
英国が生んだレジェンド
さらにAntは、このペダルが持つブリティッシュ・ロックにおける系譜についてこう語ります。「Tone Benderは史上初のブリティッシュ・ファズ・ペダルです。1965年に登場した最初期のモデルは、現在MK Iとして知られていますが、1966年にはProfessional MK IIへと刷新されました。一言で言うと、MK IはMick Ronson/David Bowieサウンドで、MK IIはJimmy Page/Led Zeppelinサウンドです」
Tone Benderのもうひとつの珍しいバージョンは、1965年にはすでに登場していました。現在では“MK 1.5”と呼ばれるこのペダルは、2つのトランジスタを使用したファズ回路を搭載しています(他のTone Benderは3つのトランジスタを使用)。オリジナルのArbiter Fuzz Faceは、この回路から着想を得たものだと思われます。
「初期の頃は、同時に多くの出来事が起こっていました。MK 1.5はTone Benderというブランド名でしたが、筐体にSola Soundとは書かれていませんでした。Larryは、代理店や楽器店を通じて販売するためのペダルを常に作っていました。MK1.5はFuzz Faceのベースとなったものですが、その違いはより優れた造りのペダルであることです」とAntは説明します。
"LarryはBOSSペダルの大ファンだったので、コラボレーションのアイデアは素晴らしいと思ったはずです" -Ant Macari
快然たるファズの事実
シアトル生まれの伝説のギタリストが、理想のトーンを求めていた頃のエピソードを紹介するAnt。「Jimi Hendrixが欲しいFuzz Facesを見つけるまで、何十台も試したという話があります。そんなHendrixはMacari’sで買い物をしました。VOXのAC10を2台買ってくれたこともあります。父はいつも“彼はそれをヘッドフォンとして使っていたのだろう”と話していました」と彼は笑います。
デンマーク・ストリートで育ったAntは、1970年代にBOSSのペダルが初めて街に登場した時のこと、同様にRolandのシンセサイザーがイギリスのハイ・ストリート(繁華街のこと)に登場した時のことをよく覚えています。「僕が小さい頃、父の楽器店で一番魅力的だったのはシンセサイザーでした。それはまるで宇宙船のようでした。ここには、ファンキーでクレイジーな楽器がたくさんあったのです」
リスペクトし合う精神
Antは昔からRoland製品の大ファンでした。「このコラボレーションを実現させようとした大きな理由のひとつは、Larryや僕の父も気に入ってくれると思ったからです。LarryもBOSSペダルの大ファンだったので、きっとこのコラボレーションを素晴らしいアイデアだと思ったでしょうね」
Antがコラボレーションのアイデアを出すのはこれが初めてではありません。しかし、「これまでに何人もの人が“一緒にペダルを作らないか?”と声を掛けてくれましたが、どうもしっくりこなかった。今まではうまくいかなかったのです」とAntは力強く語ります。
「BOSSのエフェクターには驚くほどクールなものを感じます。DS-1 Distortionが大好きだし、それにCE-1 ChorusとDM-2 Delayの大ファンです。素晴らしいサウンドに加えて耐久性もあります」
Sola SoundとBOSSのエフェクターには、Antが強調する大きな違いがひとつだけあります。「Sola Sound Tone Bender Professional MKIIを10台集めたとしても、それぞれに個性があり、個体差を感じるはずです。しかしBOSSは、100%同じサウンドのペダルを製造すると主張しています。素晴らしいサウンドのTone Bender MK IIを1台作るだけでも大変なのに、3,000台も作るなんて…!」
挑戦を受け入れる
Antにとって、このプロジェクトがいかに厳しいものであるかがわかります。「このコラボレーションは、BOSSにとって必ず成功させなければならない大規模なプロジェクトでした。Sola Sound Tone Bender Professional MK IIの2年待ちのリストが、その成功を物語っています。それでもAntとSteve Macariにとって、目標は常に量よりも質なのです」
「私たちにとって、“本物”であることはとても重要です」とAntは強調します。「私たちは、父親が堅持してきたポリシーやプライドを維持しようと努めています。Tone Bender Professional MK IIは、驚異的なキャンセル待ちリストを持っています。完璧なペダルを作るのは本当に難しいのです。とても時間のかかる作業ですが、出来上がったトーンは実に素晴らしい。最高の作品を作りたいのです。それが私たちの仕事ですから」
同じ志を持つパートナー
両社の製品にかける誇りが、このコラボレーションの核となっています。「BOSSは、私たちがどれだけ製品にこだわり、何をやっているのか心から理解してくれています。歴史はここMacari’sにあるのです。しかし、もしもSola SoundとBOSSがまったく同じ方向に進む2社であったなら、コラボレーションは意味をなさないでしょう。目標を共有することで、話はすべてまとまりました。競争という意識はまったくありません。むしろその逆で、お互いを補い合っているのです」
「BOSSの製品としてTone Bender Professional MK IIを作ることは理にかなっています。MK Iが反抗的で乱暴なサウンドであるのとは対照的に、MK IIは甘く熟達した切れ味を持っています」とAntは言います。彼はそれが、他のどのTone Benderよりも“BOSSのペダルとして相応しい”と感じているのです。
「BOSSは、TB-2Wに最新のゲルマニウム・トランジスタを採用しました。トランジスタにこだわっているんです。彼らの研究のために、本当にクールなMK IIを選びました。ナンバー500です!」Antの興奮が伝わってきます。「1960年代に作られたような音ですが、David Mainが作りました。Sola Sound Tone Bender MK IIを作っているのは彼だけなのです」
"2013年に20台のロットで作りました。裏には私が描いたドクロの絵が描かれています" -David Main
マスター・ピースとの出会い
BOSSの研究の基礎となったのは、Sola SoundのTone Bender Professional MK IIの500番で“マスターピース”と呼ばれています。TB-2Wの原型となったものです。「本体の裏には私が描いた“スケルトン・ジェリー” という骸骨の絵がある」と、製作者のDavid Mainは明かします。
この試作機の製作者であるDavid Mainは、その構造について次のように語っています。「当時、MK II Tone BenderにはArcolの抵抗、Vishayのコンデンサー、3つのMullard OC84のゲルマニウム・トランジスタを使っていました」。彼はさらに、興味深いロックの言い伝えを話してくれました。「OC75を標準として使い始めたのは、606番から616番までのひと束からです。Jimmy Pageが手にした582番にはOC84が使われていましたが、OC82Dも入っていたのです」
トランジスタの魅力
「2009年から始めて、最後に作ったのが745番です。MK IIを作り始めた当初はOC84を使用していました。これは、1968年後半にMK IIで使用されたOC81に非常によく似ています。しかし、みんなが初期のOC75を欲しがるようになったので、最終的にはそれに切り替えたのです。しかし、みんなが再びOC84を欲しがるようになったので、MK IIではOC84を使うことにしました。
私はずっとOC84を好んで使ってきました。1960年代のレトロ愛好家たちはOC75を賞賛し続けています。ガレージ的な、初期のヤードバーズのような音楽を目指しているのなら、OC75の音が好きかもしれませんね」
“マスターピースと呼ばれるペダルを、ハンドキャリーで日本まで運びました。この希少で繊細なペダルを運ぶことはとても怖かった" -池上嘉宏
“科学”と“魔法”の出会い
Sola SoundのTone Benderは、トランジスタの選定からマッチングまで、非常に複雑かつ手間のかかる工程を経て完成します。技術力、忍耐力、そして優れた耳が必要な作業です。「Tone Bender Professional MKIIには3つのトランジスタが使用され、それらがうまく調和して一定のゲイン範囲に収まるようにしなければなりません」とDavid Mainは説明します。「そして、各トランジスタにはリーク(漏れ。数値通りの動作をしない劣化状態)しない一定の品質が必要です。もしも、ゲイン・レベルが低すぎてリークがほとんどなければ、ダイナミックでエキサイティングなサウンドは得られません。反対にリーク量が多すぎると、ノイジーで制御不能な音になってしまいます」
“科学”と“魔法”の要素が絶妙に作用しています。「ちょっとした魔術のようなものです。すべてのトランジスタを個別にテストし、徹底的に調べるため、特定の方法で動作させるために必要な特定の値を持つ3つのセットを得るのにとても時間がかかるのです」
当時BOSSカンパニー社長だった池上嘉宏は、「Anthony Macariは、私たちの研究のために自らTone Bender Professional MK II(ナンバー500)を選びました」と述べています。「これは“マスターピース”と呼ばれているペダルです。この希少で繊細なペダルを日本まで運ぶことは、本当に怖い体験でした」
時間にとらわれずに突き進む
池上は、BOSSの苦心惨憺の過程を少し明かしてくれました。「BOSSでTone Bender MK IIの解析と実験が始まりましたが、最初の課題はゲルマニウム・トランジスタの供給元を見つけることでした。さらに、そのゲルマニウム・トランジスタをどうやって大量に購入するかも課題でした。それからサンプルを入手し、すべてのトランジスタのスペックを測定しました。このような希少な部品を使うのは、初めての経験だったのです」。このプロジェクトは、池上とBOSSにとって大きな愛情が注がれたものとなった。
「2年がかりで、多くの時間と人手を費やしました。膨大な時間をかけて、ひとつひとつを手作業で選別したのです。トランジスタの1個1個まで、深く掘り下げて分析しました」と池上は話します。これはBOSSの“完璧主義”に大いに関係しています。「BOSSのペダルは厳しい基準に達するために、どんな環境でも一貫性があり、機能的で、安定したものであるべきです。電池供給による電圧のばらつきが、音色に対する音楽的な表現を生み出すこともあります。このファズの良い意味での不安定さを、独自の機能として付加したいと考えました。そこで3つの電圧を選択し、サウンドを変化させることができるようにしました」
最高の基準を満たすために、BOSSの開発チームは時間にとらわれることなく突き進みました。「アンソニーは、私たちを信じて待ってくれたのです。彼は“一番大事なのは音だ”と言いました。ひとつの課題から次の課題へ、妥協のないクラフトマン・シップを注ぎ込むことでTB-2Wへと結実しました」
"アンソニーは私たちを信頼して待ってくれた。彼は「一番大事なのは音だ」と言いました” -池上嘉宏
その歴史的な瞬間がやってきた
一方、ロンドンに戻ったAntは、BOSSからの知らせを待ちわびていました。David Mainの傑作、Tone Benderが日本に向けてイギリスを出発してから2年以上が経っていました。そして2020年の春、突然、見慣れたコンパクト・エフェクターの試作品が届いたのです。早速、ギターを手に取り、アンプに接続し、新しいBOSS TB-2W Tone Benderを踏み鳴らすAnt。その魅惑的なサウンドは、自ずと明らかになりました。
「私はただ“おお、神よ!彼らは私を釘付けにした!”と感じました」と彼は振り返ります。「ボリュームを上げたら、信じられないほどトーンが良くなったのです」。あまりに本格的な仕上がりに、Antも自分の耳を疑うほどでした。「そこで、Sola Sound Tone Bender Professional MK IIを使用してA/Bテストを行いました。驚くべきことに、まったく同じだったのです」
最後の仕上げ
このコラボレーションの最終仕上げは“フォント”でした。「このプロジェクトで最も誇りに思っていることのひとつは、Tone Benderのロゴです」とAntは言います。「BOSSペダルは私たちのTone Benderのフォントを使うべきだと思いました。実際にオリジナルのフォントで書かれていて、これはBOSSにとって初めてのことなので、私たちにとっても大きな賛辞でした。
それから、あのトレードマークと言えるノブですね。BOSSはチキンヘッド・ノブを提案し、私はグレーのハンマーライト塗装のルックスまで正しくしなければならないと話しました」。それでも結局のところ、ひとつの重要な要素が絶対的に君臨していました。「何よりも、サウンドが第一だったのです」