ポップミュージックの黎明期から存在するテープ・エコーですが、現在私たちがヴィンテージ・エコーと親しみを込めて呼ぶものは、そのほとんどが慎重なメンテナンスを必要とします。中には真空管回路が使われているものもあり、神秘的なイメージはありますが信頼性には欠けていました。しかし、当時まだ設立から数年しか経っていなかったローランドがテープ・エコーを開発したことで、この状況は一変しました。これらの名機の多くは50年が経った今でも使用されていますが、その輝かしいラインナップにスペース・エコーが入っています。
スペース・エコーの系譜
ローランドは最初のスペース・エコーであるRE-100とRE-200を1973年にリリースし、1974年にはより長いテープを用いたループ機構を持つRE-201が続きます。実際のところスペース・エコー、とりわけRE-201が、しっかりとした技術に裏打ちされた初めてのテープ・エコーと言っても過言ではないでしょう。その設計品質の高さが、このシリーズを真に実用に耐える製品にしています。
RE-201は、ほとんどのミュージシャンが「ローランドのスペース・エコー」と聞いたときに思い浮かべるモデルでしょう。緻密に設計されたソリッド・ステートによる駆動が余分なノイズを減少させ、長く蛇行したテープが透明なプラスチックカバーにより保護された内部空間の中で自在に巻き取られることで、常にテンションがかかり摩耗の激しかった従来の短いテープとは比べ物にならないほど耐久性が増しています。外付けのフットスイッチを使って駆動を止められることも重要で、この機能がテープの寿命を劇的に伸ばすことに成功しています。
奥深いサウンド
RE-201は録音ヘッド、3つの独立した再生ヘッド、変速可能なモーターを搭載しており、12種類のモード・セレクターにより使用する再生ヘッドを選択し、リピート・レートのノブでテープの速度を変更することで、ディレイ・タイムを調整することができます。
複数の再生ヘッドを選択することで、マルチタップ・エコーを作ることも可能です。更にはスプリング・リバーブも内蔵や、ディレイ・サウンドを録音ヘッドに戻すことで繰り返し数の調節ができます。こうした仕様が、テープ・ディレイ単体より広がりのあるサウンドを生み出すことに繋がっています。
"エコー音にリバーブ音を組み合わせることで、テープ・ディレイ単体より広がりのあるサウンドを生み出します"
レコーディング・スタジオの必需品へ
RE-201はミュージシャンのみならず、レコーディング・スタジオにおいても定番機となりました。その人気の理由は、きわめて音楽的なサウンドにあります。繰り返されるうちに背景に溶け込んだディレイ音が、違和感なく原音の傍らに寄り添うのです。
スペース・エコーは何度かモデルチェンジを繰り返し、1977年にはRE-301が発表されました。RE-201に搭載されていたスプリング・リバーブだけでなく、コーラス回路も搭載。さらに消去ヘッドを使用しないサウンド・オン・サウンドのスタイルも可能になったことで、サウンド・デザインの世界でも使われるようになりました。
"スペース・エコーは繰り返されるディレイ音が背景に溶け込む、そのきわめて音楽的なサウンドゆえに人気を得ています"
コーラスの誕生
ローランドは、ペダル型エフェクターやギターアンプ”Jazz Chorus”に見られるように、アナログ・ディレイを用いた本格的なコーラス・エフェクトの開発におけるパイオニアであり、1976年にBOSSブランドの最初の製品であるコーラス・ペダル「CE-1」をリリース。RE-301に搭載されているコーラスも、その血統を色濃く受け継いでいます。
1979年には、よりシンプルなニーズに対応するRE-150をラインナップに加えました。テープ・ディレイの機構は同じですが、リバーブが搭載されていません。1980年にはフラッグシップ・モデルのRE-501を発表。バランス入出力、洗練されたリモート操作機能、ディレイ、リバーブ、コーラスを搭載。ラックマウント型のSRE-555も発売されました。
"1980年にリリースされたフラッグシップ・モデルのRE-501は、バランス入出力、洗練されたリモート操作機能、ディレイ、リバーブ、コーラスを搭載していました"
解析と再現
1980年代に入り、デジタル技術がより身近になった中で、1988年にローランドはテープ式に代わるデジタル・テープ・エコー「RE-3」を開発しました。デジタル化によって、信頼性と音の安定性の向上、軽量化、テープの摩耗からの解放などの様々な恩恵を得ました。RE-3がテープ式REシリーズのサウンドを完全に再現しているという人はほぼいないでしょうが、それでも実用的なデジタル・ディレイとして素晴らしいサウンドを持っていました。プロ仕様のRE-5は更に多くの機能を備えており、現在では非常に希少な存在となっています。
RE-20の時代
時は過ぎ、2007年のことです。デジタル技術は劇的な発展を遂げて、初期のテープ・エコーをローランドのモデリング技術「COSM」によってより忠実に再現することが可能となり、BOSSツイン・ペダルのフォーマットに収められたRE-20がデビューしました。COSM(Composite Object Sound Modeling)は非常に高度なサウンド・モデリングの手法であり、ギター・プロセッサーVGシリーズや、ギター・エフェクツ・プロセッサーGT-10、その他さまざまなローランド/ボスの製品を支えています。
RE-20は、サチュレーションの効果やプリアンプの特性、テープの速度むらによるワウ/フラッター現象など、オリジナル機の特長やサウンドを再現することを目指していました。
"RE-20は、サチュレーションの効果やプリアンプの特性、テープの速度むらによるワウ/フラッター現象など、オリジナル機の特長やサウンドを再現することを目指していました"
デジタル・ディレイが一般的になるにつれて、ミュージシャンは次第にテープ式ディレイが持つ独特なサウンドに惹かれていきました。テープ式ディレイの動作の不完全性が聞き心地の良い変化をディレイ・サウンドに加えており、サチュレーションといったその他の要因も、エコー音に自然な減衰を生み出していたのです。
絶え間ない進歩
RE-20の機能とレイアウトは、オリジナル機を踏襲しています。ヘッド構成を選択するモード・セレクト用のダイアル等、コントロール部はオリジナル機のノブを全て再現しており、その見た目はRE-201のフロントパネルに似せてあります。オリジナル同様に、リピート・レートを変更すると、モーターの回転速度を変更したときと同じ効果、つまり、速度が落ち着くまでピッチの変化が生まれます。
いくつかの改良点もあります。具体的には、最大ディレイ・タイムがオリジナル機の2倍モードの搭載や、ステレオ入出力によって、ステレオのドライ信号に正しくステレオ・リバーブのかかったディレイを得られるようになりました。また、エフェクト・ループ内で使用するためのドライ・キル・スイッチも搭載しています。スペース・エコーのアルゴリズムは、RV-500などその他のBOSS製品にも採用されています。
"プロセッシング技術とモデリング技術の劇的な発展を踏まえてBOSSはスペース・エコーを再検討することを決め、その結果RE-202とRE-2がリリースされました"
モデリング技術の発展
過去10年間で劇的な進歩を遂げたプロセッシング技術とモデリング技術を踏まえてBOSSはスペース・エコーの再検討を決め、2022年にRE-202とコンパクト・タイプのRE-2を発表。その背景には、RE-201のサウンドへの再評価と、中古機への引き続き高い需要がありました。
RE-202は、テープ・ディレイのサウンドを特別なものとしているほんの些細な技術的ディテールをも、細部にわたってモデル化しています。具体的にはプリアンプによるサウンドへの色付けやスプリング・リバーブの特性、テープ機構によって生まれるエフェクト効果、録音/再生のメカニズム、モーターのバリエーションなど多岐にわたります。BOSSのエンジニア達はこの実現のために数多くのRE-201の実機を参考にしていますが、そこに新機能を追加することも厭いませんでした。その結果、今日の音楽的なニーズに対応する、より実用的なエフェクターが完成しました。
スペース・エコーの再誕
RE-202は3つのフットスイッチ、オリジナル機より1つ増えた4つの再生ヘッド、2倍の最大ディレイ・タイムを備えており、ワウ/フラッターの量を調節することが可能。また、タップ・テンポ機能やステレオ入出力を搭載しています。リバーブはオリジナル機のスプリング・リバーブだけでなく、ホール、ルーム、アンビエンスといった複数のタイプから選択でき、ミュージシャンの創造性をより刺激するものとなっています。
"RE-202は、テープ・ディレイのサウンドを特別なものとしているほんの些細な技術的ディテールをも、細部にわたってモデル化しています"
RE-201は、テープの種類や寿命、プリアンプのドライブ量などによってサウンドが変化するため、人によって理想のRE-201のサウンドが異なります。そのため、RE-202はテープの寿命、プリアンプのサチュレーション、テープ・スピードの揺らぎを、好みに合わせてそれぞれ柔軟に変えることができるようになっています。
さらに楽器によって異なる入力レベルに合わせるインプットボタンを搭載し、ダイレクト音をそのまま出力するアナログ・バイパスと、RE-201のプリアンプを通した音を再現するRE-201シミュレートを切り替えることができます。
更なる機能の増強
エディットした設定を呼び出せる能力も、ミュージシャンが重視するところです。そのため、パネル上の設定のほかに、4つの保存したメモリの呼び出し機能を搭載しているほか、外部MIDI機器を使うことでメモリを最大127個まで拡張し切り替えることができます。そのほか外部フットスイッチやエクスプレッション・ペダルにも対応しています。
また、ワープとツイストという2種類のエフェクトを搭載。ワープはスイッチを押している間の残響効果が増し幻想的な音を作り出す、ダブ・ミュージシャンには特にうれしいエフェクトです。ツイストも押し続けることで効果を発揮するエフェクトで、エコー音を発振させてアグレッシブな回転感を作り出します。ワンポイントで使う特別なエフェクトとして活用できるでしょう。
"ワープはスイッチを押している間の残響効果が増し幻想的な音を作り出す、ダブ・ミュージシャンには特にうれしいエフェクトです"
コンパクト・サイズの選択肢
同じサウンドを持ちながら、よりシンプルな機能を求める人のためのオプションもあります。RE-2は馴染み深いBOSSコンパクトペダルの形状に、3つの2連ノブと、11種類のサウンド・モード・セレクターを搭載したエフェクターです。このモデルもステレオ入出力を搭載し、オリジナル機と同様の3つのヘッドを再現していますが、RE-202で追加されているリバーブの種類、サチュレーションの調整、メモリ機能は省略されています。
外部フットスイッチを使えばツイスト・エフェクトとタップ・テンポ機能が使用可能で、エクスプレッション・ペダルによってパラメーターの変化を操作することも出来ます。ダイレクト音にかかるRE-201プリアンプのシミュレートの有無やワウ/フラッターの調整も可能で、電池または外部PSAアダプターによって駆動させることができます。
"1977年においても2022年においても、スペース・エコーのサウンドは例えるものがありません"
不朽のデザイン
オリジナル機であるRE-201が優れた技術で設計され素晴らしいサウンドを持っている証として、その多くが今でも使用されており、中古市場では高値で取引されています。スペース・エコーは1977年においても、この2022年においても、例えるもののない特別なサウンドを持っています。RE-2とRE-202によって、ミュージシャンはオリジナル機のサウンドとその操作を、安定した音で、使いやすいペダル型のフォーマットで体験することができるのです。
スペース・エコーの歴史
1972
- ローランド株式会社が設立
- AF-100、AF-60、AD-50等の初期ペダル型エフェクトがリリース
1973
- RE-100発売
- RE-200発売
1974
- RE-201発売
1975
- RE-101発売
1977
- RE-301発売
1979
- RE-150発売
1980
- RE-501、SRE-555(ラックマウント型)発売
1982
- Chorus Echo (リバーブ、テープ・ディレイとコーラス)
1987
- RE-5発売
1988
- RE-3発売(デジタル式)
- RE-201 生産終了
2007
- RE-20発売
2022
- RE-202、RE-2発売