エコーとは、やまびこのような直感的かつ原始的なエフェクトです。多くの人がテープ・エコーと聞いて思い浮かべる代表的なモデルがRoland ”Space Echo”であり、そのサウンドはあらゆるジャンルの音源に登場します。BOSSのエンジニア達はスペース・エコーの名機であるRE-201を慎重に分析し、RE-202を作り上げました。このモデルは今や伝説となったオリジナルへのリスペクトのみならず、更なる一歩を大胆に踏み出した製品でもあります。スペース・エコーのサウンドの継承と発展の過程について、BOSSのエンジニアにインタビューを通して語ってもらいました。
不朽の名機の再現
BOSSはどういった過程で新しいスペース・エコーの開発を決定したのでしょうか?
「何十年にもわたり多くのミュージシャンに重宝されてきたスペース・エコーですが、近年そのサウンドに対する需要が更に増していることに気が付いたのです。Twin PedalシリーズRE-20 Space Echoは発売から10年以上が経つロングセラー製品ですが、ユーザーはまだまだ理想のスペース・エコーのサウンドを追い続けています。過去の名機は古いがゆえに生まれる多数のユニークな性質が利点となり、ギタリストに留まらずサウンド・エンジニアやレコーディング・エンジニア・DJなどから幅広い支持を獲得する所以となっているのです。」
30年にわたるスペース・エコーの人気を踏まえた上で、次の一手はどう考えていたのでしょうか?
「RE-20のリリース後もスペース・エコーの研究は継続しており、理想のサウンドを得るために試行錯誤を続けた結果、多くの異なる要素がサウンドに影響を与えていることを認識しました。例えばテープの摩擦によるディレイ・タイムの変化といった、メカニカルな要因です。当時はDSPの限界もあり、それらすべてをサウンド・デザインで実現することは不可能でした。
しかしDSPの技術開発が進み、いよいよ温めてきたアイディアを実現する時が来たと確信しました。更なるステップとして、長年のファンにも、初めてスペース・エコーのサウンドを耳にする人にも、最高の体験を提供するための力を手に入れたのです。RE-202とRE-2で達成したことは、RE-20では実現できなかったことばかりですね。」
“理想のサウンドを得るために試行錯誤を続けた結果、多くの異なる要素がサウンドに影響を与えていることを認識しました”
振る舞いのモデル化
サウンド・モデリングはどのように進められたのでしょうか?
「まず初めにいくつかのオリジナル機を使って、サウンドと個々の構成要素との関係を再分析しました。ここでいう構成要素とは、テープヘッド、テープの張り具合、ベアリングやガイド・ピンまで含まれます。些細なものに思えるかもしれませんが、これらがサウンドに大きな変化をもたらしていたのです。
あらゆる面からパーツを分析して、周波数特性、リピート・レートの変化幅、そしてノブを回したときのリピート・レートの挙動を検証し、それぞれの変化がどのようにサウンド全体に影響を与えるかを調べました。とりわけ、テープの磁器飽和によるコンプレッション感とプリアンプの歪みの再現は注力したところです。また、リピート・レートを変えることによるキャラクターの変化にも力を入れました。
設計思想として、単なるサウンドの模倣ではなく、メカニカルな視点からサウンドを再現することを重視しています。加えて、オリジナル機の手触りを維持することも大切でした。RE-201の見た目や操作感は魅力の1つだと考えたからです。」
“オリジナル機の手触りを維持することも大切でした。RE-201の見た目や操作感は魅力の1つだと考えたからです”
エコー・サウンドについて
レガシー製品を基にしたモデルについて議論する時、「モデリング」や「アルゴリズム」といった単語が使われます。これらはどのように定義されるのでしょうか?
「ケース・バイ・ケースであることが多いですね。モデリングに関しては定義が幅広く、理解もしやすいでしょう。我々がキャプチャしようとしているものについて話すときに使われます。DSPとは、モジュレーションの処理、サチュレーションの処理、ボリューム処理といった個々の内部処理を指します。一方、アルゴリズムは、ある特定の目的を果たすためのDSPの集合体を指します。
開発の過程で、特に助けとなったRE-201の特定の個体はありますか?
「もちろんです。開発においては、オリジナル機だけでなくその設計思想と設計図を入手し、スペース・エコーのサウンドにおける多くの特徴を学ぶことができました。その中でも、1974年の発売初期に生産され、新品同様のコンディションで残っていた個体があります。ローランドとボスが将来のために常にアーカイブを残していたことは、とても幸運でした。」
スペース・エコーの特徴について触れるとき、最も重要な要素はなんでしょうか?
「複数のヘッドを持つ設計と、規則正しいエコー間隔を生み出すそれらの配置です。1+3や2+3といったヘッドの組み合わせにより、たった3つの再生ヘッドからユニークでリズミカルなサウンドを生み出すことが出来ます。次に大きな特徴は、Intensityノブで操作するフィードバック音です。徐々に減衰し最終的に霧のようになった音が、楽器そのもののサウンドの周りを浮かぶ後光のように特別な深みを与えています。機構的に生み出される独特なモジュレーションと相まって、スペース・エコーは他のテープ・エコーと比較してもユニークなサウンド・キャラクターを得ているのです。」
“徐々に減衰し最終的に霧のようになった音が、楽器そのもののサウンドの周りを浮かぶ後光のように特別な深みを与えています”
パラメーターの微調整
開発において、何が最も重要と考えていましたか?
「アナログ設計であるということは、時間経過や状態によりサウンドが大きく変化することを意味します。個体のコンディションは重要なファクターであり、些細な要素の変化がサウンドを丸きり変えてしまうこともあります。各々がスペース・エコーのサウンドの理想像を持っているため、例えば異なるRE-201を持つ二人のギタリストが、それぞれ自分の持っている個体こそがベストだと語ることもあるでしょう。我々の目的は、こうした個性を調整できる機能を提供することでした。
そこで、まずサウンドに影響を与えるそれぞれの要素を切り出して、微調節ができるようパラメーター化しました。しかし、あまりに細分化を進めるとサウンドはデジタル感が増してしまい、核となるインパクトが失われてしまいます。それぞれの要素同士の相互関係もまた切り離せないものでした。オリジナル機の操作のしやすさを維持するため、深堀りが必要なメニューや複雑な画面は避けています。パラメーターを変化させた際にアナログ味を感じられることにも注力しました。」
“多くのプレイヤーがヴィンテージ機ならではの独特なサウンドを好みます。その振る舞いを再現しながら、かつコントロール可能としたかったのです”
幅広いサウンドの再現
開発中に注力し続けたポイントはありますか?
「RE-201はそれぞれが素晴らしいサウンドを持っていますが、そのコンディションを正確に保つのは不可能です。例えばテープを変えるだけで、それまで得られていたサウンドは失われてしまいます。しかし多くのプレイヤーがヴィンテージ機ならではの特別なサウンドを好んでいるため、その振る舞いを再現しながら、かつコントロール可能とすることで、変化に悩むことなく多様なサウンドを楽しむことが出来るようにしました。
RE-202は深く歪んだアグレッシブなエコーから、まるで出荷されたばかりのRE-201のような透明感のあるエコーまで、多彩な音色をカバーしています。これまで貴重な個体のサウンドが変化してしまうことを恐れていたヴィンテージの愛好家も、メンテナンスから解放されたスペース・エコーを楽しむことができるでしょう。」
開発において、とりわけ満足できたことはありますか?
「開発は非常にタフでしたが、楽しくもありました。どれか1つを選ぶのは難しいですね。テープ・エコーに関して多くの人が言及するワウ&フラッターを再現できたことはうれしいです。プリアンプの歪みの調節も同様ですね。RE-201のプリアンプのサウンドは、多くのプレイヤーやエンジニアに愛用いただいている大きな理由ですから。」
"RE-201のプリアンプのサウンドは、多くのプレイヤーやエンジニアに愛用いただいている大きな理由です"
驚きの連続
そのオリジナル機のプリアンプについて説明していただけますか?
「オリジナルのRE-201のプリアンプは、入力信号のキャラクターを大きく変えることなく増幅させることを目的としていました。しかしその設計上、実際は高域が減衰しており、むしろ独特な温かみとファットなサウンドを生み出しています。これこそがレコーディングにおいてこの機種が愛される理由であり、この為にアンプの前に置いて使用されることもあります。」
開発の過程で驚いたことはありますか?
「開発中は驚きの連続でした。多くの個体を解析しましたが、テープの寿命がサウンドのキャラクターにこれほど影響するとは思っていませんでした。特に、テープの経年劣化がもたらすモジュレーション効果の違いは驚くべきものでした。」
"多くの個体を解析しましたが、テープの経年劣化がサウンドのキャラクターにこれほど影響するとは思っていませんでした"
テープ寿命の解析
どのようにテープの経年劣化のモデリングにアプローチしたのでしょうか?
「これは非常に細かなプロセスでした。分析する機種を手に取って1つずつテープを交換する必要がありましたし、テープの状態が異なることがどのようにサウンドに影響するかを調べるため、新しいテープだけでなく様々な状態のテープを使いました。ここまで多くのテープを交換した人は他にいないでしょうね。実際、最終レビューの頃には、開発当初は新品だったテープが破れてしまいました。スペック上ではRE-201のテープの寿命は300時間ですから、我々は一つのテープに少なくとも300時間を費やしています。」
製作時に苦労した点はありますか?
「考慮すべきメカニカルな要素があまりに多いため、大小問わずあらゆるパーツがどのようにリンクしているかを考える必要がありましたし、それらの相互作用と変化を調べて振る舞いをモデル化する必要がありました。それぞれのパーツがサウンドに対して異なる関連性を持っているため、回路を細かく見ていくと、果てしない旅を続けているかのような感覚に陥りました。」
"RE-201はその汎用性によってジャンルを超える初めての製品だったのです。それが現在のレジェンド機という評価に繋がっています"
予測不能なエフェクト
ワウ&フラッターという予測できない現象をどのように再現したのでしょうか?
「本当にほぼすべての要因が予測不能だったため、そのようなユニークな現象をパラメーター化するにあたってどう取り組むべきか、頭を悩ませました。結局、ワウ&フラッターのセクションにはメカニカルな要素だけでなく、ランダムなアルゴリズムも用意しています。とはいえ、いくつかのRE-201を細かく解析して適切なバランスを保っているため、完全にランダムというわけではありません。これによって、ワウ&フラッターのコントロールはオリジナル同様の自然な感覚とサウンドを得られていると思います。」
RE-201がそのほかのテープ・エコーと比べてこれほどまでの名声を獲得した要因は何でしょうか?
「良い質問ですね。スペース・エコーの歴史をご存じない方もいらっしゃるでしょうが、RE-100やRE-200というシリーズ内の他の機種はそこまで有名ではありません。RE-201の後に、我々はコーラスなどの追加機能を搭載したRE-301やRE-501をリリースしました。これらも人気ではあったのですが、とりわけRE-201は初めてその汎用性によってジャンルを超えた製品だったのです。それが現在のレジェンド機という評価に繋がっています。もう1つの理由は、エンドレステープを使用したフリーランニング・システムだと思います。スタンバイ・モード(外部フットスイッチを活用することでテープの回転を止めることができる機能)と相まって、テープの寿命と安定性を向上させたのです。
"スプリング、ホール、プレート、アンビエンス等から好みのリバーブを選べることは、スペース・エコーを初めて体験する人にとって素晴らしいことだと考えています"
RE-201のテープの寿命は過去のモデルより15倍も長くなりました。これはプロのミュージシャンにとって大きな利点であり、ローランドの製品を信頼してもらえる理由となりました。我々はこの堅牢で安定した素晴らしい設計に誇りを持っています。あらゆるミュージシャンがRE-201を愛用して、この機種を有名にしてくれました。」
時代に合わせたリバーブ
RE-202で選べるリバーブのタイプについて、解説をお願いします。
「スプリング・リバーブとテープ・エコーのクラシックな組み合わせは、多くの人がご存じでしょう。とりわけレゲエやダブといったジャンルにおいて、スプリング・サウンドはミュージシャンによく認知されています。当時のプレイヤーはリバーブ・タンクしか装着できず、現代で使えるような他のリバーブを実現するオプションはありませんでした。
我々はRE-202を、オリジナルにはないサウンドを搭載したスペース・エコーの新たな一歩を踏み出す製品にしたかったのです。テープ・エコーにはスプリング・リバーブがベストだと言う人は多いでしょうが、それはプレイヤー次第だと考えて、いくつもの選択肢を用意しました。RE-202のリバーブは、スプリング、ホール、プレート、アンビエンスといったタイプを選択することができます。これはオリジナルのスプリング・リバーブのサウンドに馴染みのない、スペース・エコーを初めて体験する人にとって素晴らしいことだと考えています。」
"BOSS CE-1から受け継いだ形状は、昔ながらのファンにはお馴染みでしょう。これは偉大な先人へのオマージュでもあります"
形状について
RE-202の形状はどのようにして決まったのでしょうか?
「昔ながらのBOSSのファンには、BOSS CE-1から受け継いだこのデザインはお馴染みでしょう。1977年から始まるコンパクト・ペダル・シリーズよりも前のデザインです。RE-202はヴィンテージ機のフィーリングを備えたBOSSらしいデザインであるべきと考えて、CE-1の外観を採用しました。BOSSの最初のペダルと、それを生み出した偉大な先人へのオマージュでもあります。」
RE-202とオリジナル機の主な違いは何でしょうか?
「サウンド・キャラクターについては、これまでお話した通りです。我々はオリジナルと同じサウンドを持つスペース・エコーを作るため努力しましたが、それと同時に、現代のアイディアの実現によってスペース・エコーの歴史に新たな一歩を踏み出すため、多くのオプションを追加しました。我々のお気に入りは、オリジナルにはない4つ目の再生ヘッドを再現した5つの新しいサウンド・バリエーションや、フットスイッチを使ってリバーブのON/OFFを切り替えられるようにしたことです。2つのエフェクターを纏めたような使い方ができる、クールな機能だと思います。
また、パフォーマンス中にリアルタイムで手を使わずテープ・エコーの音を発振させて回転感を作り出したり、残響効果を強くして幻想的な音を作り出せるツイストとワープ機能を追加しました。そして最後に、何と言ってもステレオ対応ですね。これまで語ってきた夢のようなスペース・エコーのサウンドが、ステレオで聞けるようになったのです。最高ですね!」